ぶちこのブログ

犀の角のようにただ独り歩め

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『袈裟と盛遠』

「平家物語」の時代の人で、文覚という僧がいる。
もと遠藤盛遠という武士で、ある事件を契機に出家し、各地の寺の復興や改修に尽力。
源の頼朝と親交が深く、存命中は幕府の要職に就き活躍した。

出家の発端となったのが、「袈裟御前」。
盛遠の幼馴染の女性で、既に他家へ嫁いでいたのに盛遠が横恋慕し、
袈裟の夫を殺して一緒になろうなどとかなり強引に迫ったところ、
袈裟は承知して、夜中に寝所で洗い髪を目印に夫の首を掻くようにと言う。
手筈通りに盛遠は寝所に忍び込み、洗い髪を引き寄せるとと首尾よく首を落とした。
月明かりに照らされたその首は、なんと袈裟御前のものだった。
盛遠の申し出を受ける振りをして、自分を殺させたのである。
その顔には微笑みさえ浮かんでいた。

…と、手許に本がないので記憶を頼りに。
たしか「日本の伝説」にこんな話が。
袈裟御前は貞女の鑑とされている。

袈裟と盛遠の話は「平家物語」の異本「源平盛衰記」に取り上げられているとのこと。
後程確認しておきます。

出家した時、盛遠19歳だって

この話を題材にしたのが、芥川龍之介の『袈裟と盛遠』。
短編で、全文こちらで読めます。

物語は前半と後半に分かれ、事件が起こる直前のそれぞれの独白というかたち。
どちらも複雑な内面を見せ、
それぞれが自分の心というかどうしようもない衝動と戦い、けりをつけようという。

明るい月の光、静けさや緊迫感が伝わってくる。
やっぱりこれは作者の美意識というのだろうか。

ネットで読んだ後、文庫本購入してもう一度読んだ。
やっぱり文章味わうんなら本なのかね。

原典になっている古典の逸話というのはたいてい短くて、淡々としているのに、
よくあれだけ登場人物に血を通わせられるなと思うのですが、
なんであんなに穿つのだろうというのも一読した後の感想。
かなり繊細な人だったんだろうな、とか。

でもね、
わざわざ自分の首を切らせるなんて、
どう考えてもあえて相手に大ダメージを与えるためのようにも見える。
黙って自害すればよかったわけで。

やっぱり自分の気持ちも盛遠に動いてしまって、あえて下した選択だったのかも。
歪んだ愛情と受け取れなくもない。

原典を読んで覚えた、微かな違和感を掘り下げていくという作業で、
そこは作家の資質の大切な部分。
だから文学作品としてしっかり立っているんだと思う。

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俳句をよむ。笛を吹く。
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